「敗戦と赤線」加藤政洋著

終戦直後、進駐軍から婦女子を守るために、国家主導で色街を作ったという話は聞きましたが、赤線の成立には戦前からの伏線があったというお話。

色街は戦前からあったわけですが、戦中の総動員体制で色街の建物も供出され、別の所に移されたのが赤線につながるという記述。場所ごとに色々経緯があるので、単純に一般化もできないよう。

赤線と青線の違いは知らなかったが、赤線は特殊飲食店街として公認されていて、青線は一般飲食店の中で公認されてないという違いか。売春は違法じゃないんかというツッコミはある。

東京と岐阜と沖縄の例が紹介されていて、岐阜は土地勘があるので、そんなことがあったのかと驚いた。金津園だけじゃなかったのね。岐阜市の金神社の境内は青線だったとか・・・