「高熱随道」吉村昭著

昭和11年に着工され15年に完工した黒部第三発電所の工事の話。
黒部の太陽は1963年に作られた黒部第四発電所の話なんで、それより前の話。
日中戦争中で国策で作られただけあって、無茶もいいとこの工事でした。
トンネルほってたら岩盤温度が最高165度で、常に外から水を流しいれてやっとのことで工事をやるし
ダイナマイトの使用制限温度が40度なのに使うから当然死人が出ます。
冬季も現場にこもって工事してると、泡雪崩が起こって宿舎が吹っ飛ぶという大惨事に・・・
結局犠牲者300人以上というとんでもない難工事になったのでした。今じゃありえないね!